綾部動物病院

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マダニの生態とマダニ媒介性疾患

紅葉の季節を迎え、気持ちの良い天気の下、ヒトも犬も猫も野外で活動することも多くなると思います。春や秋の行楽シーズンはマダニに注意が必要です。春と秋に活動を活発化させるマダニとマダニが媒介する疾患について紹介します。
 
マダニの生態・ライフサイクルについて
日本国内のマダニはほとんどが3宿主性マダニであり、卵→幼ダニ→若ダニ→成ダニ→産卵の生活環をとります。「3宿主性」というのは、幼ダニ、若ダニ、成ダニのステージごとに吸血する動物を替えていくという意味です。
マダニは未吸血の状態で宿主に付着後、数日間の寄生の間に吸血を行います。なお、吸血時の雌のマダニは表皮を伸ばしながら大きく成長することができるため、飽血時(これ以上吸血できないという状態、丸い豆の状態)には、吸血前と比べて大きさで5倍、重さは100倍に達します。ただし、雄のマダニは吸血しても飽血することがなく、わずかに膨れる程度です。マダニは飽血すると自然に宿主動物から落下離脱し、次のステージへと脱皮、または産卵をすることになります。
 
マダニの付着~吸血のしくみ
動物に付着したマダニは吸血場所を定めた後、顎体部の鋏角で宿主の皮膚を切り裂き、口下片を皮膚に刺して吸血を始めます。マダニの唾液にはセメント物質という、接着剤様の成分が含まれており、口器をしっかりと固定しています。吸血中のマダニは血液を体内に取り込んで濃縮し、水分を唾液として宿主に吐き戻しています。この唾液には抗凝固物質、抗炎症物質、免疫抑制物質が含まれており、マダニは宿主からダメージを受けずに持続的に吸血することができます。このため、吸血されている間、動物は痛みやかゆみを感じません。野外で活動した数日後に、背中などに偶然マダニ寄生を見つけることもあります。なお、雌のマダニは飽血に至るまでに1mlを吸血するため、大量にマダニが寄生した場合には、吸血による貧血がみられることがあります。
飽血した成ダニは小豆粒程度、若ダニは米粒程度、幼ダニはゴマ粒程度になります。幼ダニは飽血しても非常に小さいため、見つけるのが困難です。犬や猫が外から帰ってきた際にはマダニの付着を確認することが、マダニ寄生の重要な予防法の1つですが、吸血前のマダニ、とくに幼若なマダニを肉眼で見つけることは大変難しいことです。まして長毛種の動物であれば、一旦毛の中に潜り込んだマダニを探し出すことは非常に困難です。毎月のノミ・マダニの駆除・予防薬の使用と、野外から帰ってきた動物については、早期に付着マダニの有無を確認し、幼若マダニを除去するためのブラッシングを行いましょう。

 
マダニの生態
多くのマダニは気候の温暖な春~秋にかけて吸血活動をしています。厳冬期には落葉の下で休眠しています。このため、春先には休眠から覚めたマダニがエサ(動物の血液)を求めて、活動が活発になります。春先に吸血して次のステージに発育したマダニが次に活動を活発化させるのは、夏の終わり~秋にかけてとなります。暑さの厳しい盛夏には活動を低下させるマダニもいます。春や秋は私たちヒトも屋外で活動したいと思うようになりますが、マダニにとっても絶好の吸血の季節です。とくに春と秋にはマダニの寄生に注意が必要です。
 
 
マダニ媒介性疾患
マダニ寄生の直接的な病害以上に深刻なのが、マダニ媒介性病原体の感染リスクです。前述のように、マダニが動物から吸血する際には唾液を宿主体内に放出しますが、同時にマダニ体内に存在する病原体が宿主動物に注入されてしまいます。マダニが媒介する病原体は非常に種類が多く、犬と猫に対してはバベシア、へパトゾーン、ライム病ボレリア、エールリッヒア、アナプラズマなどが知られています。
 
バベシア症
伴侶動物のマダニ媒介性疾患のうち、最も重要なものの1つがバベシア症です。バベシア症は、バベシア原虫の赤血球寄生によるマダニ媒介性疾患であり、溶血性貧血と発熱が起こり、それにより粘膜蒼白、頻脈、頻呼吸、抑うつ、食欲不振、衰弱などの症状が発現し、治療が遅れると死亡することもあります。日本では犬のバベシア症の病原体として
Babesia gibsoniがよく知られており、九州、中国・四国、近畿、中部など、主として西日本で発症が多発しています。B.gibsoniのベクターはフタトゲチマダニ、ヤマトマダニ、クリイロコイタマダニなどであり、とくにフタトゲチマダニとヤマトマダニは全国的に分布することに注意が必要です。
感染性のバベシア原虫はマダニの唾液腺内で感染力をもったスポロゾイトに変化しますが、マダニの吸血開始からスポロゾイトの発育までには通常2~3日の吸血を要することがわかっています。このため、付着したマダニを速やかに取り除く、または吸血後速やかにマダニを死滅させることでバベシア感染が予防できることになります。
 
 
一方、日本にはヒトに対して病原性を示すマダニ媒介性疾患もあり、日本紅斑熱リケッチア、ライム病ボレリア、重症熱性血小板減少症(SFTS)ウイルス、ダニ脳炎ウイルスなどによる患者発生が報告されています。なお、犬と猫はヒトの生活環境内にマダニを持ち込むという意味で、ヒトのマダニ媒介性感染症にとって重要な役割を果たしています。

 
日本紅斑熱
以前から知られているヒトのマダニ媒介性疾患のうち、最も患者数が多いのが、日本紅斑熱です。この疾患は紅斑熱リケッチアの感染によって生じる熱性疾患で、
Rickettsia japonicaが主な病原体です。西日本を中心に毎年100名程度の患者が発生しており、ときに死亡例が報告されている疾患です。
ベクターとしては、フタトゲチマダニ、キチマダニのほか、ヤマアラシチマダニやタイワンカクマダニが病原体を保有することが確認されています。
 
 
ライム病
また、ライム病もよく知られたマダニ媒介性疾患です。原因はボレリア属細菌で、おもに北方系のマダニがベクターとなります。日本で病原性の強いボレリア属細菌は
Borrelia gariniiであり、シュルツェマダニがベクターとなります。北海道を中心として、中部以北においてヒトの症例が報告されています。犬が感染して発熱、関節炎などを示した例も報告されています。
 

 重症熱性血小板減少症(SFTS)
最近とくに注目されているのがSFTSです。この疾患は、2006年に中国で最初に発生し、2011年に原因がSFTSウイルスであると報告されました。SFTSウイルスの病原性や、マダニがベクターであることは中国で明らかにされていたため、SFTSは日本でもある程度注目されていましたが、2013年1月に国内の患者が初めて確認され、その後遺伝子検査(RT-PCR法)によるSFTSの診断体制が全国的に整備されました。このため、現在までに、158例のヒト患者が報告されています(うち、死亡例43人、2015年8月26日現在)。
ヒトの症状として、38℃以上の発熱、消化器症状、頭痛、筋肉痛、意識障害、リンパ節腫脹、皮下出血などがみられますが、死亡例も散発している点で注意喚起がされています。SFTSに対する治療は対症的な方法しかなく、有効な薬剤やワクチンはありません。
日本のSFTSの感染経路もマダニの刺咬と考えられていますが、血液等の患者体液との接触により人から人への感染も報告されています。
ヒトにおける予防法としては「マダニの刺咬を避けること」とされており、野外活動での肌の露出をなくすことなどが推奨されています。現在まで動物のSFTS感染症例の報告はありませんが、日本の野生動物(イノシシ、シカなど)と犬はSFTSウイルスに対する抗体を保有しており、ウイルスに暴露されていることが明らかになっています。なお、動物の血液や各種臓器、排泄物からもSFTSウイルスが分離されています。
 
マダニ媒介性感染症の予防
 
マダニの確認と除去
動物に付着しているマダニを見つけた場合、少数であれば、まずは物理的に除去する方法が一般的となります。体表への付着前、あるいは付着直後であれば手指でも容易に除去できます。マダニ寄生が容易に発見されやすい箇所だけでなく、耳介内側、股間、腋窩、指の間などもよく観察しましょう。しかし、マダニがある程度吸血を行い、口下片が皮膚にしっかり挿入された段階では、手指による物理的除去は困難です。また、マダニを除去しようと胴体部をつまんで引っ張ると、マダニ体内の病原体を宿主体内へ押し出してしまうことになり、危険です。マダニがちぎれて顎体部が皮膚内に残留し、皮膚炎を継発するリスクもあります。その場合は、先の細いピンセットを用いてマダニの口部を挟んで引き抜く、あるいは皮膚に小切開を加えてマダニを除去することが必要になります。大量のマダニ寄生の症例では、殺マダニ薬を用いた駆除を実施することがあります。

 
 
マダニの寄生予防
マダニの寄生予防としては、マダニの活動が活発な時期(春~秋)に、マダニの生息密度が高い場所へ入らないことが最も有効ですが、そうはいっても実行は困難です。近年、持続性のノミ・マダニ駆除薬が複数開発されており、マダニの寄生予防に用いられています。
「別に山や川へは行かないから」と安心している飼い主様も、要注意です。都市部の公園などでもマダニに寄生する危険があります。さらに、以前は犬だけがマダニに寄生すると思われていましたが、最近になって猫にも多くのマダニが寄生することが明らかになってきました。 マダニの寄生を予防することは、犬の飼い主様はもちろん猫の飼い主様にとっても、大切なペットの健康管理のために欠かせないことなのです。犬・猫を守ること、ひいては飼い主様を守ることになります。年間を通じた定期的なマダニ対策が重要です。


 

※ 全院で、夜間診療は行っておりません。